煩・ナショナリズム ⑬
『民族とネイション』(塩川伸明著 岩波新書)は次のように云っている。「ソ連における民族問題の顕著な特徴として、中心的な位置を占めるロシア人がその支配的位置にもかかわらずソ連体制に不満をもち、それゆえに独自のナショナリズムをもっていたという点がある。(略)この体制はその『平等』イデオロギーの制約のゆえに(略)『被抑圧民族』とみなされる非ロシア諸民族への特恵政策が重視された」。だがラトビア人学生であるサーシャの「一番虐げられているのはロシア人」というコトバは、このことを指しているのでは多分ない。「自分たちこそスターリン主義の最大の犠牲者だった」という意識がロシア人にはあると塩川伸明は文中に書いているが、これこそがそうでであろう。
しかしラトビアの多くの人がそんなロシア人のことを考えることはない。自民族のことだけである。サーシャは独立運動から距離をおくようになる。運動のなかで大きくなっていく排外主義を許すことができない。彼らはユダヤ人とロシア人を排斥しようとする。「エトノクラチヤ(自民族独占支配)だよ。共産党支配と同じくらい悪い」。エストニアでも同じような事態が生じる。優れた学者がエストニアを脱出し、モスクワやイスラエルのテルアビブへ移る。また、独立運動は金儲けの手段となる。ドイツや米国のラトビア人移住者や反共団体から「資金援助」が出る。「ラトビア民族主義は商売として十分成り立つんだよ」。知識人としてのサーシャには我慢できなかったのだろう。そして力を持つのは排外主義をがなり立てる連中である。威勢のいいコトバにあおられ、人々は同調する。こんな陳腐な方法がいつまでも有効であり続ける。排外主義はそこらじゅうにあふれている。日本という国にも、そんなコトバが徘徊している。
『民族とネイション』には、「歴史論争は往々にして堅実な歴史研究を離れた政治論となり、しかも他者に対する非合理的な怨念をぶつける ― そしてそのことが、ぶつけられた側の硬直的反撥を招き、対立がいっそうエスカレートする ― という形をとりやすい」と語り、ロシアとウクライナやバルト三国について述べている。塩川伸明は日本と中国や韓国との関係に似た面があるという。
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