この世界の片隅に
薄曇のせいか見るものがふやけた感じ、と思っていたら、わずかに国府津山を上って目をやれば足柄平野はもやっている。町なみは遠くになるにしたがいぼやけ白く消えていく。もやと霧、雲の違いは知らない。定義がどうあろうと私たちの感覚はそれを分ける。山の中での霧が下から見ては雲かもしれないが、その場にいる人間は霧は霧であり雲は雲、それで困ることはない。
一昨昨日、虹が出たが、虹を見る頻度は飛行機雲のそれより少ない。虹は昔っからあるわけだが、飛行機雲は名のとおり飛行機が登場してから。日本人の多くが飛行機雲を見るようになったのは米国のオカゲらしい。『この世界の片隅に』(こうの史代著 双葉社)は最近下巻が出て完結したが、主人公すずさんは洗濯物を干していて初めて飛行機雲を見る。米軍のB29が上空を飛んでいったのだ。その欄外にはこう書かれている。「飛行機雲が最初に観測されたのは一九三一年と言われています。高高度を飛ぶB29の引く飛行機雲は、当時はまだ珍しいものでした。」
こうの史代は原爆を描いた『夕凪の街 桜の国』(双葉社)の作者だ。『この世界の片隅に』は呉に嫁いだ広島生まれの女性の、日常のなかに重く圧し掛かってくる戦争を上・中の2巻で、下巻では広島の両親と妹の死、呉の空襲で自分は右手の手首を失い、一緒にいた姪は命を奪われ、最後は原爆孤児の女の子を風呂に入れようとするところで終わる。その子はこんな風に描かれている。母親の隣に坐っている。やがて蝿が飛んでくる。その数は増え、母親は蝿に覆われるようになる。蝿を追い払っていた女の子はついに「ごめんなさい」と言ってそこから離れていく。この漫画は各巻680円。
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