« 続・ICHI | トップページ | 冤罪File »

2008.11.07

累犯

 17時を過ぎると暗くなる。暗い中、自動販売機だけが明るい。そこに、かがみこんでいる姿がある。手に懐中電灯を持ち、自販機の下を照らし、片方の手には鉤のついた棒が握られている。70歳ぐらいの男の人、かなりの荷物を車つきのパイプに括りつけている。その人の全財産だろうか。自販機を利用した人が、小銭を落としたまま立ち去るということは、ままあることだろう。
 ちょっとした用件をすました帰路、商店の脇の自販機に、先ほどの人が同じようなかっこうでしゃがんでいる。ある一定区域の自販機をまわっては、あるかどうか分からぬ小銭を求めているものとみえる。口を糊するために、毎日こうしているのだろうか。
 朝日新聞11/7夕刊は、“高齢者犯罪 増え続ける” として、その背景をつたえている。簡単にいえば、食い物と寝るところが保障されるのは、刑務所だけだということなのだ。だから累犯が多い。本来は社会保障が担うべきところを、この国は刑務所が代替している。国は福祉を切り捨てることにより、強制的に犯罪を起こさせているのだ。これは高齢者だけではない。障害者もそうである。衆院議員であった山本譲司によれば、府中刑務所に収容されている2700人の約6割が知的障害、機能障害を持った人であるという。法務省は年間1人あたり300万円ほどの予算を使っているというのだから、最初から福祉にまわして運用すれば、犯罪者とならずにすむ人がどれほど増えることか。例えば秋田県藤里町の母子家庭2人の生活保護基準は12万円前後、年間にすれば母子2人で144万円前後という金額、刑務所の費用300万円の半額にも満たない。
 厚労省発表の2005年の餓死者は82人、行路病死する人の正確な数は知らないが、大阪市内では1998年690名、2005年1213人だという(「新書中心主義 ― 心理学者の読書日記」)。これを全国に広げたらどれだけの人が死んでいるのか。餓死したり行路病死するなら、スーパーから万引きし、捕まったら刑務所に入る、それが誤った選択だと誰が言えようか。

|

« 続・ICHI | トップページ | 冤罪File »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/93757/43042752

この記事へのトラックバック一覧です: 累犯:

« 続・ICHI | トップページ | 冤罪File »