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2008.10.13

要塞の街

 かつて請願巡査という制度があった。町や村、個人、企業であっても、費用を払って巡査を配置してもらい常駐させることができた。1811年から1938年までの長期間存続した。直截にいえば、国家権力を私的用心棒として使うことができたということである。劣悪な労働条件の下におかれた炭鉱労働者が、請願巡査の弾圧を受けるということもあったわけで、まあ建前はともかく、現在の警察も似たようなものといえるかもしれない。
 麻生首相の生家は炭鉱主でもあったことは知られているが、どのような経営をしていたのか残念ながら知らない。小学3年まで過ごしたというその家は、請願ならぬ福岡県警派遣の警官が門前で警備にあたっている。敷地2万坪、建坪600坪、週刊朝日は「ぐるりと一周するのに55分、歩度計を確認すると、なんと4413歩だった」と書いている。
 請願巡査はなくなってしまったが、「囲われた街 買う安全」という朝日新聞(10/13朝刊)の記事には読んでいて腹が立ってきた。無菌室のなかから外の人間を病原菌のように見る目。「兵庫県芦屋市の浜辺(略)この住宅地は、日本初とされるゲーテッド・コミュニティー(要塞の街)だ。(略)外周は高さ2㍍のフェンスと赤外線センサー、監視カメラ数十台に守られ、正面ゲートの脇では数人の警備員が24時間態勢で目を光らせている。1区画400~1千平方㍍の土地は1億~3億円。(略)美術館やレストランを思わせる邸宅が建つ。」
 米国にこうした要塞の街があるということは周知のこと、日本でも自らの富と身をまもるために、なりふりかまわず閉じこもる人たちが出てきたということだ。そうした人たちは誰を恐れているのか、いうまでもない、自分たちと同じようなステータス以外の全ての人間、つまり99%の人間は略奪者として襲ってくる可能性のある存在と見ているのだろう。そして己の富は100%正当な方法で得たものであると思っているのだろうが、それを担保するのは同型の人間だけという脆弱さも承知しているだろう。フェンスの外にいる人間の存在が富の源泉という事実、だから彼らは恐れねばならない。2㍍のフェンスと赤外線センサーは、彼らにとって彼らなりの仕合せをまもるためのひとつの条件なのだろう。

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